‘沖縄の離島’ カテゴリーのアーカイブ

サバニ帆漕レース

2010年7月7日 水曜日

7月4日(日)がレース当日でした。今回のチーム名は「いちゅんどー」。方言で「行くぞ-」という意味です。チームメンバー総勢14名で、前日から座間味に入り最後の艇の整備と帆の付け替えなどをしました。前日の予想で、南南西の風が10M近く、波高も2Mということなので、小さい方の帆に付け替え、アウトリガーも右舷から左舷に付け替えて、風と波対策をしてから、スタート地点の古座間味に回航。夜は宿で宴会でした。

当日の朝、7時半に宿を出て、古座間味に向かおうとしていたら、村内放送で、那覇までのレースは強風、波浪注意報発令で中止、その代わりに島まわりの代替コースでのレースに切り替えるとのこと。「えー、那覇まで行けないの」と残念な気持ちで古座間味に向かうことになりました。古座間味でも本部艇の準備が遅れ、レーススタートは45分遅れの9:45。

古座間味から、安室島の平瀬、沖の名瀬をまわってそれからガヒ島をまわって、座間味港でゴールというコースです。名瀬までは、潮も風も逆、結局はひたすら漕ぐことになり。たかだか3-4kMすすむのに、4時間近くかかるという状態。何名かは交代できましたが、舵をもっている私は交代できずひたすら漕ぐことになりました。

名瀬を越えたあたりで、やっと帆をあげて、帆走ができることになりましたが、その時点でタイムアウト、結局自走して港にはは着けたものの記録なしということになってしまいました。出場39艇中、時間内完走は14艇、8艇はリタイアというかなり過酷な条件でした。

表彰式とパーティーは那覇の泊港なので、特別便となった16:30発のフェリーで、皆で那覇に戻ってきました。「もう懲りた」という声ばかりかなと思っていたら、「来年は那覇まで来よう!」という声ばかりなので、きっと来年もこのチームで出場することになると思います。来年は、皆で座間味から那覇までの海を渡りたいものです。

スタート地点

安室島横をひたすら漕いでいるところ

やっと帆走

渡名喜 その2

2009年9月23日 水曜日

渡名喜の陸上の話を少し。

渡名喜は古民家が再生されて、民宿に使われているという話を前回書きました。そんなお金がどこから出るのかと思っていましたら、やはり米軍関連の補助が大きいようです。入砂島が米軍の射爆場になってるので、随分と補助が入り、その補助金をベースに古民家再生と村おこしを事業化?したとのこと。水道も海水の淡水化施設を島自前ということで離島のなかでは余裕があるように思えました。ただし、島の方々は朝の家の前の掃除を日課にしたり、ごみの分別などをしっかりする点などは那覇などとは大違いですね。米軍関連予算は、沖縄では切り離せない事ですが、もしこの予算がなくなったらここの生活はどうなるのかを考えてしまいますね。

さて、古民家ですが、台風の強風避けのために、通りより一段と低いところに家を建て、その周りをフクギの木が覆っているところは、沖縄らしさを感じます。夜は港からあがり浜に抜けるメインの通り(村道1号線)が低位置の街灯(50cmくらいの高さ)で照らされ、掃除の行き届いた砂道を歩くのは大変気持ちの良い夜の散歩でした。低い照明なので、夜空を見上げると思いのほか多くの星を見ることができます。

宿泊した赤瓦の再生古民家は、台所と主な部屋として6畳間が2つ、それに天井の低い納戸のような部屋が3つ。無理したら7,8人くらいまでは入りそうです。ただ風呂場とトイレは外の別の建物。これも昔のままということ。その奥には昔の豚小屋の基礎部が残されています。昔の日本の農村の家もこんなんだったのでしょう。今回のように天気の良い日は良いのですが、雨の日はちょっと面倒ですが、これも昔の生活ということで。

ということで、宿と町並みは満足ですが、なんもすることがない。海でのんびりするしかないですね。ダイビングサービスもないので。釣りでもするか、ひたすらのんびりするしかない島です。静かな沖縄の離島に行きたい方には、本島から2時間でかつ安く(往復のフェリー代は4,520円)行くことができる離島ということで良いかもしれません。

*宿ではガイドも行っています。HPでは一人1,000円となっていますが、島の外周と村落内が別コースでそれぞれが1,000円づつ。HPだけ見ていた私は請求の時に2,000円請求されて「おやっと」思いました。観光業なら事前の説明をきちんとすべきでしょうし、ガイドも人によるのでしょうが、まだまだお客さんを楽しませようという気持ちが余りない。素朴といえばそれまでですが、このあたりもまだまだこれからという気がしました。

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ふく木並木

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夜の村道1号線

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宿泊した古民家

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古民家内部、仏壇もそのままです。

渡名喜島(となき)

2009年9月21日 月曜日

今年からでしょうか?9月の連休をシルバーウィークと言うようになったのは?まぁ、休みが続くのは良いことです。丁度今日は休みの中日ですが、沖縄は良い天気が続いています。ということで連休の前半に、前から気になっていた渡名喜に行ってきました。渡名喜は沖縄本島から60km位。良く行く座間味からも良く見える島です。前々から座間味から見えるこの渡名喜と粟国には行ってみたいと思っていて、昨年は粟国には行ったのですが、渡名喜は今回が初めてです。渡名喜へは、空路はなく、久米島行きの船が寄港しています。泊港から約2時間です。

渡名喜島は人口450人くらい。世帯数は220世帯なので、この数から若い人が少なく、お年寄りが多いのが想像できます。高校から那覇に出て行った若者はそのまま帰ってこないという構図のようです。

ただ、この小さな島が沖縄でも有名なのは、NHKのちゅらさんで有名になった「小浜島」と並んで、沖縄の昔ながらの街並みが残っているところです。また沖縄の赤瓦の住宅が復元されて、1棟そのまま貸し別荘のような民宿になっています。

最初に渡名喜の自然を少し。渡名喜には標高170mくらいの山があります。そしてハブがかなり多くいるそうです。座間味にはヒメハブは少しいてもハブはいないので、草むらを気にしないで歩くことができるのですが、ここは用心が必要です。海から見ると、真ん中がへこんで左右に少し高い山がある、ゆるやかなMのかたちです。元々は二つの島で、真ん中に砂が堆積した地形だと島のガイドが言っていました。

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フェリーから見た渡名喜

渡名喜島の港の沖には入砂島があり、この島は米軍の射爆場になっています。私の滞在中もたびたび爆音が響いていました。米軍の射爆場で有名なのは、久米島の北に位置する鳥島ですが、米軍は鳥島と入砂島を使って、ヘリコプターや航空機の射撃演習を行っているとのことです。良く座間味上空を飛ぶ米軍機がこの島を目指しているのが初めて判りました。

つづく。

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入砂島

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林道から島の東側、リーフが発達しています。

渡嘉敷島

2009年8月16日 日曜日

初めての渡嘉敷島上陸です。座間味には通い出して21年になりますが同じ慶良間諸島の渡嘉敷島には一度も上陸したことがありませんでした。来週は知り合い家族が東京から遊びに来て一緒に座間味なので、さすがに2週間連続座間味というのもなんなので、ほんの少し趣向を変えてこの週末に家族で行ってきました。渡嘉敷までは高速船で35分と言っていましたが、満員で重いのかあるいは少し古くなってきてエンジン出力が上がらないのか40分かかりました。座間味に比べて15分ほど近く船賃も往復で1,000円程安いです。

渡嘉敷は阿波連(あはれん)ビーチが有名ですが、今回の宿泊はとなりの渡嘉志久(とかしく)ビーチの「とかしくマリンヴィレッジ」。目の前がビーチで、波も穏やかで流れもないので子供にシュノーケルさせるには安心です。ウミガメも住み付いていて子供たちは大喜びでした。夕方は宿のテラスから阿嘉島(あかしま)に沈む夕陽が入り江を染めて、まるで、穏やかな環礁の内海を見ているようです。

渡嘉敷島でびっくりしたのは、田んぼがあること。二期作なのでしょうか。丁度田植えが済んだ田んぼが広がっていました。ここだけ見ているとこれはどこかなと思ってしまいます。

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渡嘉志久ビーチ

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これ、沖縄の風景ではないですね。。

粟国(その3)

2008年11月1日 土曜日

粟国でも1日だけ海に行ってきました。
2本だけ潜って、その海のことをとやかく言えるものではじゃないのですが、少しだけ。

もともと粟国のダイビングは5,6,7月にギンガメアジが渦巻くのが有名でです。たしかに沖縄で、ギンガメアジの大規模なトルネードが見られるところは他にないかもしれません。10月は特になにが見られるというものはなく、沖縄の普通の海です。ふだんは透明度の良い海のようですが、今回はうねりの影響か、透明度は15-20m程度と非常に悪かったです。ただ、写真のスミレナガハナダイ(胴体の四角は本当はピンクでもっと綺麗)座間味では40m近い深場でしか見れないのですが、ここでは、30mちょっとで見ることができました。有名な筆ん崎では、大きなナポレオンがいましたし、豪快な地形は透明度が良ければ、もっと楽しめたのに、残念。
比較的単純な地形で、あまり大きくない島なので、ダイビングポイントにも限界があるのかもしれません。ダイビングサービスも11月から3月くらいまでクローズするそうです。その間サービスのオーナーは、島の精糖工場で働くとのこと。そういう意味でもダイビング中心に行く離島ではないのかもしれませんね。一度4,5,6月に行こうかなと思っています。

粟国(その2)

2008年10月26日 日曜日

粟国といえば、「ナビィの恋」やダイビングより、「粟国の塩」の方が有名ではないでしょうか。私も沖縄に住む前から「粟国の塩」を使っています。少し茶色っぽいこの塩は、ミネラルの含有分が非常に多いそうです。湿りやすいので魚を焼くときにパラパラとかけるのには使いにくいのですが、肉や魚にそのまま少しつけたら美味しいですし、パンやピッツァの生地には最近はいつも粟国の塩を使っています。

粟国の塩工場は、粟国島の北の端にぽつんとあります。見学可能ということなので、係の人に案内してもらって見学。
粟国の綺麗な海からくみ上げてきた海水を、「採かんタワー」という竹を15,000本つるしたところを1週間以上循環させ、
風をあてて海水の濃度を高め、そのあと釜で30時間くらい煮詰めます。燃料は廃材、ガスに比べ均等に火を当てることができるのと、燃料代が安いということで使用しているとのことです。炊きあがった塩は脱水漕にいれて自然乾燥させます。この自然乾燥時にポツリポツリと落ちてくる滴が「にがり」。この「にがり」はミネラルが多いので比重は水の1.5倍くらいあるとのこと。小さな瓶に入った「にがり」は。手で持っても、たしかに水に比べて重たいのがわかります。

工場の直ぐ外側は粟国の綺麗な海。この海から取れた塩なら安心して使えるなと思った次第です。
写真をご覧下さい。海岸から100Mほど沖が取水地とのことです。


竹をつるした採かんタワー


煮詰める

この海の海水を使っています。

粟国(その1)

2008年10月25日 土曜日

久しぶりに、座間味以外の離島に行ってきました。一度行こうと思い夏には宿の予約もしていたのですが、急な用事で行けなくなった島です。
粟国(あぐに)は映画「ナビィの恋」で有名な島です。とはいうものの私は見たことはないのですが、ちゅらさんのおばぁ役で有名な平良とみさんが主人公「ナビィ」を演じました。もうひとつ有名なのは「粟国の塩」最近のプレミア・ソルト?の日本での元祖的存在です。
粟国島は、那覇から60km、人口850人くらいの島です。座間味からも晴れた日には、左が少し高くなった平らな島が見えます。那覇からは1日1往復フェリーが就航していて、片道約2時間。飛行機も10人乗りのRACが1日3往復しています。私の家からは当然フェリーが便利。歩いて10分の泊港から乗船してあとは一眠りしたら粟国でした。

粟国では、「プチホテル・イサ」(2食付き6,500円)に宿泊したのですが、バストイレ付きのツインの部屋は綺麗。おまけにご飯が美味しいのです。離島の民宿ではご飯が黄色くてぱさぱさのことが結構多いのですが、ここはおかわりしたくなる程美味しいご飯でした。三重県の知り合いからわざわざ送ってもらっているそうです。

着いた日の午後は海に行きましたが、翌日は原付を借りて島をひとまわり、ダイビングもした「筆ん崎(ふでんざき)」は海抜87メートルのダイナミックな景観です。いつも座間味から粟国を見ているので、逆に粟国から座間味を見たかったのですが、薄曇りで残念ながらみることができませんでした。
海の中と塩の話は別途。

粟国港


筆ん崎の風力発電(最近多いですね)


筆ん崎

久高(くだか)島

2008年8月16日 土曜日

前回で伊江島のタッチューが座間味から見えたので、1週間後には台風がくるかもと書きましたが、1週間後の8月10日前後には沖縄には台風は来ませんでした。8日くらいから12日くらいまでは、沖縄周辺は積乱雲が発達し、久しぶりにまとまった雨が降り、たしかに台湾に西には台風が発生しましたが。。また、このようなことがあれば書くことにします。

さて、今週は、沖縄もお盆、沖縄は旧暦でお盆を行うので、内地のお盆と同じになることは珍しいです。13日はお盆の初日でウンケー、15日はウークイといいます。ウークイの夜は、ご先祖を親族で送るので、親族みんなが長男の家に集まり宴会が始まるそうです。長男は大変です。沖縄の踊りエイサーも本当はお盆の踊りとのことです。

今日16日は、一度行こうと思っていた久高島に行ってきました。本島南部の知念から船で20分くらいの小さな島です。沖縄では神の島ということで有名なとこ。ここで、12年に一度行われる神事であるイザイホーは聞いたことがある方もいるかもしれません。詳しくはリンクを参照ください。http://www.kudakajima.jp/rekisi/izaihoo.html

神事が行われる場所は、一般人が立ち入り禁止になっている場所もあります。昔からの文化、風俗は守りたいが、現代の生活と調和させるのが大変というのが現状のようです。知念からこの久高島あたりは、リーフが発達しています。沖縄ではリーフのことをイノーと言い、波の穏やかなイノーは安全な魚場であったとのことです。

 

 

 

なぜか沖縄の島には猫が多い