2009年7月 のアーカイブ

皆既日食当日

2009年7月22日 水曜日

本当に久しぶりに皆既中のコロナを期待していたのですが、結果は残念。。。部分日食は太陽光線の強さで雲を突き破って光りが見えていたのですが、さすが皆既中の淡い光は雲を通ることができませんでした。一瞬、磨き足りないダイヤモンドリングもどきが見えたかとおもったら完全に雲の中に。再び現れる時も少しダイヤモンドリングっぽく見えました。。。皆既中はあきらめたので約3分間は南の空を見ていました。北は厚い雲に覆われていたのですが、南の方が比較的明るかったので。夕焼けのように雲が染まっていました。細かなことはまた後日載せます。今日は朝3時に起きて、往復200KMを運転してきたので疲れました。。

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雲がなければ、この後すぐにダイヤモンドリング。。

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皆既中の南空

皆既日食前々日

2009年7月20日 月曜日

22日は皆既日食。今日から奄美大島に下の子を連れて来ています。上の子は残念ながらまだ夏休みに入ってなくお母さんと那覇に居残り。那覇から奄美大島は、RACは通常1日1往復飛んでいます。40人弱しか乗れないプロペラ機なので明日あたりからは臨時便が出るそうです。

お昼過ぎに奄美空港に着いてレンタカーを借りて、さらに北部にロケハン。最北部の笠利崎では3分55秒の皆既時間です。道路のあちらこちらには、皆既日食ののぼりが掲げられています。今回の皆既日食は奄美大島の北1/3しか皆既帯にはいらないので、当日は北に向う車の渋滞が考えられ駐車スペースも限られるのでおおよそ候補地を見つけて宿のある瀬戸内町に向いました。奄美大島は結構大きな島で、今回宿が取れた瀬戸内町から最北部までは90KM以上あります。丁度那覇から美ら海水族館のある本部あたりまでの距離です。皆既日食と部分日食では雲泥の差なので、折角来たのだから絶対皆既帯には入らなければ意味がなくなってしまいます。着いたとしても一番の心配は天気、天気予報では22日の奄美地方は曇り。これは運ですね。幸運を祈るしかないです。

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笠利崎近くの海岸。皆既の3分間だけ太陽が出てくれたら良いのですが。

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テント村ができている「あやまる崎」には既にTV中継車が来ていました。

ポールウインナー

2009年7月12日 日曜日

ポールウインナーというのをご存知でしょうか?先日「秘密のケンミンショウ」というテレビ番組を見ていたら、関西の一部でしか売っていないウインナーソセージで、大阪では保育園のおやつにも出されます。と紹介されていました。「そうそう、昔良く食べたなー。」と思い、今度大阪に帰ったら買ってこようといことで、今回買ってきました。

ビニールに包まれた細くて長さ20cmくらいのソーセージですが、どうも他県では、このようなソーセージは魚肉で作られるようですが、大阪では豚肉、マトン、牛肉を主に作られるところが他県のものと違います。だから大阪では魚肉ソーセージとは別物で、大阪でウインナーソーセージといったら、このポールウインナーを指していました。

10本入りで380円くらいと魚肉ソーセージより気持ち高い目でしょうか?このパッケージの裏には、「伊藤ハム(なんと大手です)のポールウインナーは創業社長伊藤傳三が日本で初めて1934年に開発したポールがたウインナーソセージのロングセラーです。」と書かれています。たしかに戦前からの商品だったら超ロングセラーですね。味は魚肉ソーセージより濃厚です。炒めても美味しいかも。一度関西に行かれたら試してくださいな。ビールにあいますよ。

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東京&大阪

2009年7月12日 日曜日

所用があり、金曜日から東京&大阪にきています。仕事ではなく個人的な用事なので、用が済んでからは買い物をしたりしました。渋谷の東急百貨店地下のFoodShowなんかは久しぶりい行くと楽しいです。成城石井でいろいろ買ってしまいます。2年ぶりに東京で住んでいた碑文谷界隈にも行ってきました。マンションの前の桜並木は桜の木の青葉が綺麗でした。丁度引っ越しするときに立て替えが始まったサレジオ教会前のビルの1階には、ペット同伴可能なカフェができていました。東京ではマンションもペット可が多いし、こにょうなペット同伴可能カフェも増えてきているようですが、沖縄ではまだ少ないですね。その代わり?沖縄は野良猫、放し飼い犬?が多いです。

大阪は実家に1泊です。最高気温は32度の予想で沖縄と同じ気温ですが、随分沖縄より涼しく感じます。

アメリカフェスト

2009年7月5日 日曜日

沖縄にはご存じのとおり多くのアメリカ軍基地が存在します。騒音や安全をはじめ基地という軍事そのものを嫌う県民感情も多いのも事実です。その反面基地での労働力需要で県内の雇用の一部を支えていたり(なんと嘉手納基地だけで、日本人従業員が3,300人いるそうです)、基地の貸地収入で潤っている地主も多いそうです。沖縄が愛知県についで、パチンコ屋の人口あたりの割合が多いのは、地主のように働かなくても良い人の人口比が多いからだという人もいます。

このようにいろいろな課題が多い基地ですが、年に1回基地開放という行事があります。先日の7月4日がアメリカフェストと呼ばれる嘉手納基地の開放日で、いろんな問題はあるおはわかるのだけど、一度基地の中に入ってみたいということと、日本国内で初めてF22ラプターを一般公開するということに釣られて知り合いと出かけてきました。「すごく混むよ」と言われていたのですが、ゲート開放の20分前に、道の駅かでな近くの臨時ゲートについたら、10台くらいしか待っている車はいません。車の入場はなにも検査はなくパス。駐車場は、3,700メートルの滑走路に順番に車を止めていくというおおざっぱなものでした。その後、会場に入場するのは空港での検査より厳しいもので、腕時計はもとより、野球帽に付いている小さな金属も反応する検査でした。

F22はさすがに、近寄れないように立ち入り禁止のロープがまわりに張られていましたが、F15などは自由にお障りくださいいう展示で、その他の飛行機や模擬店にいる米軍関係者は思った以上に丁寧にでした。帰りのゲートでは戦闘服姿の警備の軍人が、手を振って深々とお辞儀をしていました。大分訓練されているのでしょうね。

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サバニ帆漕レース

2009年7月1日 水曜日

今年も昨年に引き続き、座間味から那覇の泊港までのサバニ帆漕レースに参加してきました。前週にはフィリピン近くに台風4号が発生し、一時延期かと言う噂さも出ていたのですが、無事28日午前8時に座間味の古座間味ビーチをスタート。42艇のサバニが36km離れた泊港を目指しました。今回は同じ会社の同僚も同じチームで参加しました。

座間味から泊港までのレース航路は、古座間味ビーチから慶良間海峡を抜けるまではは少し北上し、それからはほとんど真西、最後には少し南寄りに進路をとることになります。今年は南の風6-8m。進行方向に向かってほとんど真横から風を受けることになりました。そのため、ずっと漕ぎっぱなしのレース。私は途中2時間が経過したころに交代して乗り込み、それからほとんど3時間漕ぎっぱなしでした。結果タイムは4時間56分29秒の18位。最初から最後まで漕いだ方、ほんとうにご苦労様でした。

サバニ帆漕レースは年々参加艇も多くなり、大規模なレースになってきていますね。今後もさらに大きなレースになるのではないでしょうか。一度参加してサバニで海を渡ったら、レース中やレース直後はふらふらになってもう止めようかなと思いますが、翌日には来年も出ようかなと思ってきますね。

昨年、今年と参加させてもらっていたルーヌクスの船は老朽化して来年は使用できないようです。さてどうしようかな。。

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古座間味ビーチ、スタート前

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渡嘉敷前島を過ぎた付近のルーヌクス