2007年3月 のアーカイブ

飛行機

2007年3月30日 金曜日

今日3月30日は、東京から那覇への移動日。当然飛行機で移動する。折角なので、フェリーで行ったら?と言う声もあったのだが、ここは大人しく飛行機を利用することにした。家族3人は27日から妻の実家の愛知県に帰っているため、今日は私は羽田から、3人は中部国際空港から移動し、最近の那覇での常宿になっているロイネットホテルに集合の予定。

ということで、飛行機の話題。こないだのボンバルディア・ダッシュエイトのトラブルは、脚が出ないとのことだったが、私は、3/4那覇to羽田のJALの747-400で逆に離陸後脚が格納できないというトラブルに見舞われたのでした。飛行機は那覇空港に引き返したのですが、「引き返します」という機長のアナウンスを聴いて、「本当に脚は出たままなのかな?もし格納されていて、コンソールの表示のトラブルなら、脚が出ていると思って着陸したら実は脚が出ていませんでした。ということにならないのか。」と冷たくなったものです。結局そのときは、一度那覇空港の低空を通過し、地上から目視確認を行い、脚がでているのを確認した。そりゃそれくらいの確認はしなきゃですよね。その結果。沖縄本島上空を2週、1時間半ほどまわり、無事着陸。その後は、予定より4時間くらい後の便に振り分けられ、食事券一人当たり1,000円分を渡され終わり。ということだった。羽田に着いたのは22時過ぎ。子供たちは疲れきっているし「疲れないように早い目の便を予約したのに、タクシー代くらい出せよ。」という気分でしたね。

今日は、出発が少し遅れたもののトラブルもなく、よく晴れた伊豆半島上空からは富士山が綺麗に見えた。晴れた日の国内線の飛行機の窓側は楽しいですね。

今日の那覇は晴れ、26度。桜の季節から一挙初夏に時間が走り抜けた感じです。

0330_eui.jpg那覇行きの飛行機から見えた富士山

送別会

2007年3月28日 水曜日

今回の転勤にあたりいろいろな方々に送別会を催していただきました。どうもありがとうございます。

会社の部署では、記念品に、沖縄での通勤用?にアロハ(沖縄ではかりゆしウェアですが)とサングラスを頂きました。送別会の記念品にアロハというのもオツなものですね。いずれ写真公開しますね。少し前には部署は違うけど一緒に仕事した仲間とか、昨日27日にも長いこと一緒に仕事をしたDさんYさんが、松濤の美味しいオーストラリアワインのお店で送別会をしてくれました。会社に入って21年、送る方が多かったのですが、たまには送られるのも良いものです。本当に皆様ありがとう!(明日もまた別の送別会です!)

img_2727.jpg右私と左は楽しいDさん、Yさんの写真はきつ過ぎて載せれない。

ホテル東京

2007年3月27日 火曜日

26日、荷物の搬出が済み、那覇への搬入が31日のため、その間ホテルなどに宿泊しなければならないのです。九州とかならそのままトラックで一晩で移動してしまうのでしょうが。陸路でつながっていない沖縄には船にコンテナーを積んで運ぶことになるため4,5日かかってしまうのです。空輸ということもあるのでしょうが、そんなことすればいくら費用がかかるかわかりません。今回も当然引越し費用(お任せパック部分は除く)は会社持ちですが、ちらっと明細を見たら、小型車1台買えるくらいの費用がかかっていました。「解雇されて実費で東京に戻ることになったら大変。」と妻がやや真剣に言ってました。(そうなったら私はそのまま永住しちゃうけどね。)

ということで、26日夜は家族4人で東京のホテルに宿泊。以前ネットで調べていたら、泉岳寺にある「ホテル東京」という大胆な名前のホテルが3月末で建て替え休業のために、感謝プライスをやっているのを発見し、予約しておきました。私は知らなかったのですが、ロスチャイルド ファミリーも宿泊したことがある歴史のあるホテルだそうです。部屋は和洋折衷の部屋で、なんと浴室には檜風呂がありました。

img_2721.jpg

http://www.hotel-tokyo.co.jp/

さくら

2007年3月27日 火曜日

碑文谷の住んでいた(過去形になってしまった)マンションの前は、環七から清水池公園にかけての桜並木。数年前から「碑(いしぶみ)桜通り」という名前が付いている。桜が満開の春は、桜の花の向うに浮かぶとサレジオ教会の鐘塔が綺麗。

「暖冬がんばれ。」引越し前に満開の桜が見たいと思っていたのですが、ちょっと間に合いませんでしたね。残念です。ご覧のように花が咲き出しています。今週末が満開かな。

ue.jpg家の前の通りの桜が咲き出している。

引越し(その2)

2007年3月26日 月曜日

本日26日は、碑文谷からの荷物搬出日。朝8時から「アート引越しセンター」の人たち8名で搬出作業開始。さすがに搬出作業は力作業なのか、女性スタッフはいなく男性ばかり。だけど今後は搬出スタッフにも女性が直ぐに増えたりして。

沖縄へは、どのように荷物を運ぶのか興味をもっていたのですが、「まさかトラックごとフェリーに積むことはないだろうし。」とか思ってましたら、コンテナー者が2台もやってきました。うち1台はコンテナーを2台積んでいます。碑文谷のマンションの前は2車線のバス通り、ご近所の皆様ごめんなさいでした。

14時過ぎに搬出も終わり、空っぽになった部屋を見ていると、少しばかり寂しいですね。私と妻とで最初に買ったマンション。ここで、二人の男の子が産まれ、10歳と、7歳まで育ちました。4人家族ではさすがに手狭になったけど、お気に入りの場所だったよな。空っぽになった部屋で、はしゃぐ子供を見ながら少しばかり感傷的になりました。

ycye.jpg引越しコンテナー

那覇での賃貸マンション探し(その4)

2007年3月26日 月曜日

翌日、沖縄の知り合いに紹介してもらった、浦添の不動屋さんに、ホテルまで向かえにきてもらう。この不動屋さんは、那覇の北の方の物件を中心に物件のコピーを数枚もってきていたので、その中で新都心の外れの新築物件を見に行くことにした。

この物件は、南と東に広いベランダがあり、西の窓からは少し海が見える。新築というのが気持ちが良い。昨日の素晴らしく見晴らしの良い物件とぢちらにしようかと悩んでしまう。

結局、新都心の生活のし易そうな感じと、子供達の学校まで、歩いて5分くらいという便利さを考え、こちらの上之屋の物件にした。ということで、那覇での賃貸マンション探しで感じたこと。

・80M2以上の物件は左程多くない。・新築なら、開発が続いている新都心エリアの方が多い。・通勤などの交通機関は、バスも考えると物件の選択肢が広まる。東京などでは、XX沿線という感じで電車を中心に選ぶが、那覇では電車?はモノレールだけなので、モノレール中心で考えるのではなく、バス路線も考える(ただしバスを乗りこなすのは難しそう)。

さて、どんな生活になるか楽しみですね。

img_2679.jpg泊大橋の向うに少し海が見える

引越し

2007年3月25日 日曜日

今日3月25日は、東京のマンションの荷物の梱包日だ。会社指定の引越し屋さんは、何社かから選択できるのだが、今回は「アート引越しセンター」にした。また個人負担になるのだが、「おまかせパック」で、梱包と荷解きをおまかせすることにした。

今日は、朝8時から6人の作業者が狭いマンションにやってきて、てきぱきと作業をしてくれるが、あまりの荷物の多さに時間がかかり、途中から3人が応援にきていただき総勢9名での梱包作業で、やっと18時半くらいに、今日の作業は終了。今は部屋中ダンボールだらけになっている。

最近の引越し業界の人たちについてだが。もう20年くらい前、福岡から東京に引越ししてきたときは、いかにも運送屋という年配のおじさんで、それから目黒区、世田谷区、また今の目黒区碑文谷に引越した12年前も運送屋さんという感じであったが、今回のアートの「おまかせパック」でやってきたアートの人たちは、おじさん2名(うち1名はこの業界のベテランだぞという人)、リーダー格の女性、若い女の子5人、茶髪イヤリングのフリーターの男の子1名という構成だった。へー、女の子のバイトに引越し屋さんもあるのだな。と思いました。この業界も女性の進出が多いのですね。

ということで、「アート引越しセンター」のムービング・スタッフのみなさんご苦労様でした。明日もお願いします。ちなみに今回の「おまかせパック」の梱包+荷解きの自己負担額は20うん万円でした。高い?だけど楽ですよ。

那覇での賃貸マンション探し(その3)

2007年3月25日 日曜日

小禄(おろく)も比較的最近に都市開発されたところらしい。公園の多い綺麗な町並みが続いている。都市モノレールの小禄駅には大きなジャスコが直結しているし、小禄駅を降りると、思わず「ここで住んでも良いかな。」と思ってしまう街だ。

img_2648.JPG小禄の町並み

こわーい運転で、物件のコピーを見ながら58号線を南下して小禄方面に向かう。物件探し前にCHINTAI Netなどを見ていたのだが、那覇全体でもそんなに物件が多くない。特に家族向けで少し広い目の3LDKや4LDKの賃貸マンションは少ないみたいだ。3LDK 60M2台というのが結構多い。

小禄で案内された物件は2つ、どちらもモノレール小禄駅から徒歩15分。1つは、陸上自衛隊の敷地の近くの7階建ての7階のロフト付きの4LDK。3方をルーフバルコニーに囲まれたすごく見晴らしの良い部屋。空港から近く、発着する飛行機が眺められ、その向うには慶良間諸島の前島が眺められる。「あー沖縄!」という感じで、取り合えずキープ。問題は築10年のわりには痛みがひどいこと、リフォームしないで渡されたたちょっとなー。というところでしょうか。それと、見晴らしが良いということは、「台風のときは大変だろうな」ということですね。

これで、この不動産屋さんの持ち駒は尽きました。明日は、那覇の知り合いに紹介してもらった別の不動産屋さんに期待。

那覇での賃貸マンション探し(その2)

2007年3月23日 金曜日

さて、住むとこ探しだが、那覇市内2箇所に絞った。沖縄というと、赤瓦を白い漆喰で固定し、玄関にシーサーのある、平屋建て家屋にあこがれるが、生活、子供の学校、通勤を考えると、那覇市内で、ある程度都会的な生活ができるところに住むのがストレスがないと思った。面白くないというと面白くないが、まぁ最初はそのあたり位のほうが良いかなという考えだ。

2箇所は、1つは今那覇で一番の都会「新都心」、もうひとつは、「沖縄スタイル」という沖縄生活マガジンでは、うちなんちゅーで一番人気があるという「小禄(おろく)」。

例の不動産屋のおやじさんに案内され、先ずは新都心。「3月完成予定の新築物件に行きましょうね。」と行ってみるが、、、未だ工事の真っ最中。どうみても後1ヶ月やそこらで完成しようにない。おじさん、慌てて工事中の看板に載っていた取り扱い業者に電話すると、「完成は4月中旬になります。」とのこと。「おーい、ちゃんと調べてから客を案内せー!」ですよね。

だけど、新都心は大きなショッピングセンターもあって、生活に必要なものがまとまっているので、日常生活を考えると、東京で住んでいる東横線の学芸大学より便利かもしれない。

ということで、次の候補地「小禄」に移動。(つづく)

img_2571.JPG新都心の沖縄モノレール「おもろまち駅」前

那覇での賃貸マンション探し(その1)

2007年3月22日 木曜日

転勤が決まってから、2月末から3月にかけて住むところ探しをした。沖縄には何回も旅行で行っているのだが、いつも本島は素通りして離島に渡ることが多く、本島はそんなに知っている訳ではない。先ずは会社に紹介してもらった久茂地の不動産屋さんにお願いした。不動産屋さんんのおばさんは、やけに元気よく、てきぱきと仕事をこなしているが、横に座っている社長と呼ばれている60歳位のおじさんは、「はぁーなに言っているんだろう?」というように話が通じない。「このおじさんには案内してもらいたくないなぁー」と思い、おばさんに話をなるべく振っていたのだけど、「さぁー、物件見に行きましょうね。私、車を車庫から出しましょうね。」というようにおじさんにあたってしまった。

これからが大変。「おい、子供も乗せているのに、右折するときに対向車線の真ん中で止まるな!」という具合に加え、

「うちは最新のデータを入手するので、これから事務所に電話しましょうね。」 

「別に1時間やそこらで状況変わらんやろ。出かける前に、事務所で資料持ってきてよ。」というような具合で、那覇での初めての住むとこ探しが始まったのでした。

つづく。